あの頃のリアルな話
前回の記事で、私のキャリアが「プログラマーから保険営業へ」という回り道だらけだったことをお話ししました。今回は、その中でも一番しんどかった時期――離婚と、就職氷河期が重なったあの頃について、もう少し詳しく書いてみようと思います。
地元に戻ってからの結婚
東京でのプログラマー生活に区切りをつけ、地元に戻った私は、そのあと結婚をしました。新しい生活が始まり、これからは落ち着いた暮らしができる、そんな風に思っていた時期もありました。
時代の波と、離婚
けれど、私が離婚を経験したのは、ちょうど就職氷河期と重なる時期でした。個人的な事情と、社会全体が厳しかった時期が重なったことで、「これからどうやって生活していこう」という不安は、通常よりもずっと大きなものでした。
離婚そのものの大変さに加えて、「この時代に、シングルで生活していけるのか」という現実的な不安が、常に頭の片隅にありました。
プログラマーに戻りたくても、戻れなかった
当然、私は「またプログラマーとして働けばいい」と考えました。手に職はあったはずです。でも、就職氷河期という時代の壁は、想像以上に厚いものでした。
ブランクがあったこと、時代の採用状況、様々な要因が重なって、プログラマーとしての復帰は叶いませんでした。「できるはずなのに、できない」というもどかしさは、今でもよく覚えています。
選んだのは、派遣という働き方
生活のために、私が選んだのは派遣社員としての工場勤務でした。プログラマー時代とはまったく違う環境でしたが、当時の私にとっては、生活を支えるために必要な選択でした。
突然の解雇
けれど、そこにも試練が待っていました。大規模な「派遣切り」の波に飲まれ、ある日突然、解雇を言い渡されたのです。
自分の努力や頑張りとは関係のないところで、仕事を失うことがある。この経験は、私にとって大きな出来事でした。次の生活をどう立て直せばいいのか、正直、目の前が真っ暗になるような感覚がありました。
あの頃を振り返って
離婚、就職氷河期、プログラマーへの復帰失敗、派遣切り。ひとつひとつを思い出すと、どれも簡単には乗り越えられない出来事でした。
でも、あの苦しい時期があったからこそ、次の一歩――ハローワークでの学び直しに向き合うことができたのだと思います。もし今、同じように「時代のせいで」「タイミングが悪くて」うまくいかないと感じている方がいたら、それは決してあなたのせいだけではない、ということを伝えたいです。
次回は、ハローワークの職業訓練でワードとエクセルを学び直した時期について、詳しくお話ししようと思います。

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