「なんでプログラマーから保険営業に?」
そう聞かれることがよくあります。今日は、遠回りだらけだった私のキャリアの話をしてみようと思います。
東京で、プログラマーとしてのスタート
私の社会人生活は、プログラマーとして始まりました。十代のうちに就職し、右も左も分からないまま東京での仕事がスタートしました。
子会社での勤務を経て、思いがけず本社の社長秘書に抜擢されたこともあります。当時はそれなりに順調に見えたキャリアでした。
でも、心の中では地元への強いホームシックと、ひとりで都会にいる寂しさを抱えていました。結局、私はキャリアよりも「地元に戻りたい」という気持ちを選び、地元へ帰ることにしました。
結婚、そして離婚
地元に戻ってから結婚し、新しい生活が始まりました。けれど、ちょうど就職氷河期と重なった時期に、私は離婚を経験することになります。
離婚後、もう一度プログラマーとして働きたいと思っても、なかなか復帰できませんでした。時代のタイミングも悪く、選べる仕事は限られていました。
派遣切り、そして突然の解雇
生活のために選んだのは、派遣社員としての工場勤務でした。決して楽な仕事ではありませんでしたが、生活のために続けていました。
ところが、大規模な「派遣切り」の波に飲まれ、ある日突然、解雇を言い渡されてしまいます。この時が、人生の中で一番先が見えなかった時期かもしれません。
ハローワークでの学び直し
収入がなくなる不安の中で、私が選んだのはハローワークの職業訓練でした。そこでワードとエクセルを一から学び、それぞれ一級の資格を取得しました。
「何か手に職を」という気持ちだけで通っていましたが、この時に身につけたスキルが、後の人生を支えてくれることになります。
訓練を終えたあと、大手企業で事務職として約1年ほど勤務しました。安定はしていましたが、この頃の私はまだ、この先どんな仕事を続けていくのか、はっきりとしたビジョンを持てていませんでした。
保険業界との出会い
転機になったのは、友人からの誘いでした。保険会社への転職を勧められたのです。
正直、最初から前向きだったわけではありません。ただ、当時子どもが高校生・中学生になり、教育費への不安が現実的に重くのしかかっていました。そんな中で、「成果が収入に直結する」という保険営業の働き方に、可能性を感じたのが転職の決め手でした。
今、振り返って思うこと
保険業界に入ってからは、表彰をいただくこともできました。プログラマー時代のことを思うと、想像もしていなかった道のりです。
子育ても一段落した今、新しく旅行を楽しんだり、AIの活用にも挑戦し始めています。この記事を書いているのも、その一環です。
振り返ってみると、私のキャリアは決して一直線ではありませんでした。プログラマー、秘書、離婚、派遣切り、職業訓練、事務職、そして保険営業。ひとつひとつは回り道に見えるかもしれません。
でも、その一つひとつの経験があったからこそ、今の私があります。同じように「回り道ばかりしている」と感じている方に、少しでも「大丈夫だよ」と伝えられたら嬉しいです。

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